ともドラ!第二号です。
感動は歴史の中にありました。
パラオは熱烈な親日国ですが、それは一人の日本人がパラオの人達を思う友情がもたらした強い絆のおかげなのです。これは第二次世界大戦での話です。当時日本は国連の委任によって、パラオを統治していました。そして、住民のために教育・文化・道路などのインフラ整備と、あらゆるものを一緒に築き上げ、よい関係を築いていました。

しかし、そこに米軍が日本軍の5倍もの大軍で迫ってきました。そこで島民は、いつもよくしてくれている日本兵のために共に戦おうと全員一致(島民899名全員)で決め、守備隊長の中川州男大佐のもとを訪ねました。すると中川隊長は耳をつんざく程の大声で叫びました。

『帝国軍人が、貴様ら土人と一緒に戦えるか』
島民はその言葉が信じられませんでした。信じていたあの中川隊長からこんな言葉が飛び出すなんて。失意の中、悲しみにくれ、戦うことを諦め、船で非難することを決意します。
そして、船で島を離れる日。汽笛が鳴り船が離れると……日本兵が全員浜に走り出て笑顔で手を振って島民を見送ったのです。そのときに、島民は理解したのです。

中川隊長の真意を。
島民を戦火に巻き込んではいけないという思いを。

自分は嫌われても島民を守ろうという意思を。
そして、戦争が終わり島に帰ってきた島民は、日本兵の遺体をひとつひとつきれいに埋葬してくれました。また、独立の際、次のような歌と写真のような国旗を作りました。?独立記念の歌の一部抜粋?
小さな異国のこの島を
死んでも守ると誓いつつ
山なす敵を迎え撃ち
弾射ち尽くし食糧もない

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国旗の由来のひとつの説
きれいな海(太平洋)に浮かぶ月を表しています。月は日本の国旗に描かれている太陽との友好を示すものなのだそうです。また、月が中心からズレているのは、日本に失礼があってはいけないからと、わざとズラしたのだそうです。人の友情は、人々を動かし、時代を超え国を動かすものなのですね。

中川隊長は、温厚でやさしい人で、かつ強い心とくじけない信念も持ち合わせていた人だったそうです。

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